政治データベース

日本の国会議員に関する一次情報を整理・公開しています。

本日更新データ:55件
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参議院 予算委員会 2024年12月13日

○内閣総理大臣(石破茂君) 安全性を大前提とするということでございます。  原発のウエートを減らすこと、それ自体が目的ではないと。地熱であるとか風力であるとか小水力であるとか、そういうあらゆる再生可能エネルギーを活用し、なおかつ省エネを徹底をするということを併せまして、結果的に原発のウエートが下がるということはございます。  同時に、日本を今、エネルギー制約から守っていかねばなりません。AIの進展によって使用電力が物すごい増えることが予想されている。あくまで安全性を大前提とし、再エネを最大限に活用して、結果として原発のウエートは下がるということはございます。

衆議院 予算委員会 2024年12月12日

○石破内閣総理大臣 お答えを申し上げます。  令和六年度の予備費のうち一千億円、この一千億円は能登半島地震、豪雨被害からの復旧復興に充てるという予算総則の修正案はよく承知をいたしておるところでございます。  この修正案が成立をすれば、引き続き、被災地のニーズを踏まえまして、今回の修正案でも明確化をされます、予備費を活用して切れ目のない支援を行っていくということだと私自身考えておるところでございます。  被災地のお声というのは、今お聞きしたとおりで、これは私も本当に同じようには考えております。今、近藤議員からもお話がありましたが、日本海側の冬というのは本当に厳しいので、そしてまた、これか…

衆議院 予算委員会 2024年12月11日

○石破内閣総理大臣 被団協のノーベル平和賞受賞は、本当にすばらしいことだと思っております。  今委員お尋ねのオブザーバー参加についてですが、別に木で鼻をくくったとは思いませんが、今までの答弁と少し違うのは、オブザーバー参加するということ、参加している国もあります、実際に核の傘を提供されていながら参加している国があって、それが会議においてどのような主張をしたのか、それで会議の流れがどうなったのかということを検証しないでオブザーバー参加もしないということは、私自身としては少し納得のいかないところもあって、これをきちんと精密に検証した上で、さて、我が国が戦争における唯一の被爆国として、その悲惨さ…

衆議院 予算委員会 2024年12月10日

○石破内閣総理大臣 今から十三年ぐらい前のことになりますでしょうか、私は山井さんの席に座っておった。そのときの予算委員長は、鹿野道彦先生であったり、中井洽先生でありました。それで、今、井上委員がおっしゃったように、野党もすごく大事にしていただいたというのがあります。  そのときに、私は、鳩山総理や、あるいは菅総理や野田総理に最初に申し上げたのは、この時間は総理の時間でもなければ私の時間でもない、この質疑の時間は。総理の時間でもなければ私の時間でもなくて、これは主権者たる国民の時間なのだと。この国民の時間をどうやってきちんと有効に使うかということを考えましょうねということで、いい議論をさせて…

参議院 本会議 2024年12月9日

○内閣総理大臣(石破茂君) 柴愼一議員の御質問にお答え申し上げます。  経済政策の基本方針についてでございます。  アベノミクスの成果を基に岸田内閣が進めてきた取組を着実に引き継ぎ、更に加速、発展させることで、賃上げと投資が牽引する成長型経済を実現していくことを目指しておりまして、この方針に変わりはございません。  新しい資本主義では、成長と分配の好循環、賃金と物価の好循環を実現することを目指し、官民連携による賃上げ、設備投資、スタートアップ育成、イノベーションの推進を拡大するための施策を進めてまいりました。  こうした取組を更に加速、発展させますため、円滑かつ迅速な価格転嫁を進めま…

衆議院 本会議 2024年12月9日

○内閣総理大臣(石破茂君) 酒井なつみ議員の御質問にお答えをいたします。  補正予算の規模についてのお尋ねをいただきました。  私が、経済対策、補正予算について、昨年を上回る規模と申し上げましたのは、三年間の岸田内閣の取組により、デフレ脱却に向けた歩みが着実に進み、高付加価値創出型経済への移行のチャンスを迎える中で、これを確実なものとするためには、岸田内閣が講じてきた昨年を上回る規模が必要ではないかということを申し上げたものでございます。  あわせまして、必要な施策を積み上げると申し上げてまいりましたように、今回の経済対策の規模は、デフレに後戻りせず、賃上げと投資が牽引する成長型経済へ…

参議院 予算委員会 2024年12月6日

○内閣総理大臣(石破茂君) 御期待に必ず応えるようにしたいと思っております。  発災後、地震もそうですし、豪雨もそうですが、なるべく早くということで行ってまいりました。現地の方々、移動の車中も含めまして、知事さんや、あるいは市町村長さんや、そういう方々のお声を車中もずっと聞いてまいりまして、ああ、そうなんだって気が付いたこともたくさんございましたので、一〇〇%という自信はございませんが、ああ、ちゃんと自分たちの要望を分かってくれたんだねという実感を持っていただけるようにいたしたいと考えております。

衆議院 予算委員会 2024年12月5日

○石破内閣総理大臣 自由民主党の小野寺政調会長にお答えを申し上げます。  やはり、今度の選挙結果というものは、国民の率直な、なかんずく自由民主党に対する厳しい御叱正であったというふうに考えております。  そのことを本当に我々は謙虚に厳粛に受け止めながら、別に多数を持っているとか持っていないとかそういうことではなくて、やはり、議会の場というのは、最終的に、いろいろな方々の御意見を承って、最もいい結論を出すということ、そして、この場だけで決めればいいのではなくて、主権者である有権者の皆様、あるいは有権者ではなくても国民の皆様方に、いかにして御納得をいただくかということが極めて大事なのだという…

参議院 本会議 2024年12月4日

○内閣総理大臣(石破茂君) 竹谷とし子議員の御質問にお答えをいたします。  政治資金に関する諸課題の改革についてお尋ねを頂戴をいたしました。  政治資金や調査研究広報滞在費に関するルールの在り方につきましては、既に政治改革に関する各党協議会や衆参の調査研究広報滞在費に関する協議会において御議論をいただいております。  このため、政府としてお答えすることは差し控えますが、総裁としてあえて申し上げれば、我が党としても、政策活動費の廃止、政治資金に関する必要な監査を行う第三者機関の設置、調査研究広報滞在費の使途公開及び残金返納など、政治資金に関する諸課題の改革のための議論を率先して進めてまい…

参議院 本会議 2024年12月3日

○内閣総理大臣(石破茂君) 辻元清美議員からいろいろと御示唆、御配慮に富んだ御質問を頂戴をいたしました。恐縮であります。  基本姿勢についてでございます。  先般の選挙で示されました国民の皆様方のお声を踏まえ、衆参両院において、自由民主党と公明党との連立を基盤に、他党にも丁寧にオープンに御意見を聞き、可能な限り幅広い合意形成が図られるよう、真摯に、そして謙虚に、国民の皆様の安心と安全を守るべく取り組んでまいるのは当然のことだと思っております。  能登地域の復旧復興のための補正予算でありますが、これは、補正予算と予備費はどちらか一方でないと本格的な支援が行えないというものではございません…

衆議院 本会議 2024年12月3日

○内閣総理大臣(石破茂君) 小川淳也議員の御質問にお答え申し上げます。  APECにおきます私の所作について、様々な御批判、御叱声、御指摘があることは重々承知をいたしております。私自身、足らざる部分が多々ございました、そのように認識をいたしておるところであります。謙虚に、真摯に受け止めた上で、改善に努めなければならないと痛感をいたしておるところであります。  衆議院解散・総選挙の振り返り、所感についてであります。  解散時期につきましては、新内閣の発足に当たりまして、国民の皆様方の御意思を確かめる必要があると判断をいたしました。この判断は憲法の趣旨にも沿うものだと考えております。  …

衆議院 本会議 2024年12月2日

○内閣総理大臣(石破茂君) 立憲民主党代表野田佳彦議員の御質問にお答えを申し上げます。  自民党における旧派閥の政治資金収支報告書の不記載に関し、衆議院の政治倫理審査会への関係議員の出席についてのお尋ねを頂戴いたしました。  国民からの信頼を回復するためにも、国民の疑問がある場合に丁寧な説明をしていくことは重要であります。自民党におきましては、それぞれの議員に対し、自らの置かれた状況をよく省みて、引き続き必要な説明責任を果たすよう促しております。  その上で、衆議院の政治倫理審査会で審査を行うか否かにつきましては、まずは国会で御議論をいただくべき事柄である、このように承知をいたしており…

参議院 本会議 2024年11月29日

○内閣総理大臣(石破茂君) 「国政の大本について、常時率直に意見をかわす慣行を作り、おのおのの立場を明らかにしつつ、力を合せるべきことについては相互に協力を惜しまず、世界の進運に伍していくようにしなければならない」。  これは、昭和三十二年二月の石橋湛山内閣施政方針演説の一節です。  この言葉に示されているとおり、民主主義のあるべき姿とは、多様な国民の声を反映した各党派が、真摯に政策を協議し、よりよい成案を得ることだと考えます。  先般の選挙で示された国民の皆様方の声を踏まえ、比較第一党として、自由民主党と公明党の連立を基盤に、他党にも丁寧に意見を聞き、可能な限り幅広い合意形成が図られ…

衆議院 本会議 2024年11月29日

○内閣総理大臣(石破茂君) 「国政の大本について、常時率直に意見をかわす慣行を作り、おのおのの立場を明らかにしつつ、力を合せるべきことについては相互に協力を惜しまず、世界の進運に伍していくようにしなければならない」これは、昭和三十二年二月の石橋湛山内閣施政方針演説の一節です。  この言葉に示されているとおり、民主主義のあるべき姿とは、多様な国民の声を反映した各党派が、真摯に政策を協議し、よりよい成案を得ることだと考えます。  先般の選挙で示された国民の皆様方の声を踏まえ、比較第一党として、自由民主党と公明党の連立を基盤に、他党にも丁寧に意見を聞き、可能な限り幅広い合意形成が図られるよう、…

○内閣総理大臣(石破茂君) 代表とは本当に、同じ昭和三十二年生まれで、同じように政治改革を体験をいたしてまいりました。  代表のおっしゃいますように、あのときの政治改革の議論、本当に真摯なものでありましたし、我々自由民主党は、あのときに、宮澤内閣、政権を失い、野に下り、細川連立政権が成立をし、その後の経緯は代表御指摘のとおりであります。  私どもがあの頃考えておりましたのは、お金に左右されない政治をつくりたいと思ってまいりました。ある程度、民主主義にコストは掛かります。それがどれだけ掛かるかはいろんな議論があるでしょう。ある程度のコストは掛かる、それをお金持ちでなければ出れないとか、そう…

衆議院 本会議 2024年10月7日

○内閣総理大臣(石破茂君) 野田代表から、冒頭、大変ありがたいお言葉をいただきました。厚く御礼を申し上げます。  野田佳彦議員の御質問にお答えをいたします。  安倍政権下の対ロシア外交についてお尋ねがございました。  安倍政権におきましては、幅広い分野で日ロ関係全体を国益に資するよう発展させるべく、平和条約交渉を粘り強く進めたものと承知をいたしております。  その後、ロシアによるウクライナ侵略を受け、我が国は、従来の対ロ外交を大きく転換をいたしました。引き続き、何が我が国の国益に資するかという観点から、適切に対応をいたします。  自衛官の処遇改善についてお尋ねをいただきました。 …

参議院 本会議 2024年10月4日

○内閣総理大臣(石破茂君) この度、第百二代内閣総理大臣に就任いたしました。  すべての人に安心と安全を。  私は、日本国内閣総理大臣として、全身全霊を捧げ、日本と日本の未来を守り抜いてまいります。  この決意を申し上げるに当たり、まずは、政治資金問題などをめぐり、国民の政治不信を招いた事態について、深い反省とともに触れねばなりません。  政治資金問題に際し、岸田総理は、自由民主党内の派閥解消や政治資金規正法改正などに取り組まれた後に、所属議員が起こした事態について、組織の長として責任を取るために退任されました。これらは、全て、政治改革を前に進めるとの思いを持って決断されたものでした…

衆議院 本会議 2024年10月4日

○内閣総理大臣(石破茂君) この度、第百二代内閣総理大臣に就任いたしました。  すべての人に安心と安全を。  私は、日本国内閣総理大臣として、全身全霊を捧げ、日本と日本の未来を守り抜いてまいります。  この決意を申し述べるに当たり、まずは、政治資金問題などをめぐり、国民の政治不信を招いた事態について、深い反省とともに触れねばなりません。  政治資金問題に際し、岸田総理は、自由民主党内の派閥解消や政治資金規正法改正などに取り組まれた後に、所属議員が起こした事態について、組織の長として責任を取るために退任されました。これらは全て、政治改革を前に進めるとの思いを持って決断されたものでした。…

衆議院 憲法審査会 2024年4月18日

○石破委員 この審査会はもう少し長くやっていただけないものでしょうか、九時半から始めて十二時までやるとか。それは、議論がどうしても収束しないまま、深まらないまま、まだ発言御希望の委員もおられるようですが時間が参りましたのでみたいな、私はそれはいかがなものかと思っておって、もう少し時間を延ばしていただいて議論を深めて、今日はここまで行った、次の週はここまで行ったというふうに見せていかないと、この会は何なんだというふうに国民は思うのではないかと思います。幹事各位が大変な御努力の上にこういう会ができておることは百も万も承知ですが、是非更なる御努力を賜れればありがたいというふうに思っております。 …

衆議院 予算委員会 2024年2月26日

○石破委員 おはようございます。  総理、今日は二月二十六日ですね。昭和十一年、八十八年前、二・二六事件。いわゆる皇道派という陸軍将校が、千四百八十三名、下士官、兵士を率いて、高橋是清大蔵大臣あるいは斎藤実内大臣を殺害をし、霞が関、永田町一帯を占拠した二・二六事件から八十八年。  この国会議事堂も占拠された。国会議事堂ができたのは昭和十一年の十一月ですが、もう二月二十六日には、国会議事堂は概成、ほとんどできておったんだそうです。この国会議事堂も占拠された。今我々がいるこの場所は、まさしく二・二六事件の現場の一つであったということであります。  私は、二月二十六日が来るたびに、文民統制と…